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東京地方裁判所 昭和61年(行ク)40号 決定

申立人 森口究

相手方 東京都立大山高等学校長

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨は「相手方が申立人に対し、昭和六一年三月二六日にした東京都立大山高等学校の第一学年から第二学年への進級拒否処分の効力は、本案事件の判決確定に至るまでこれを停止する。」との裁判を求めるというにある。

二  本件記録によれば、申立人は、昭和六〇年四月、東京都立大山高等学校(以下「本件学校」という。)に入学したものであるが、相手方は、昭和六一年三月二五日、申立人を同校第一学年に留置きとする旨の処分(申立人は、これを「進級拒否処分」としている。以下「本件処分」という。)をし、同日、申立人のホームルーム担任を通じて、これを申立人の母に告知したこと、そこで、申立人は、本件処分が違法であるとして、その無効確認又は取消しを求める本案訴訟を提起していることが認められる。

三  相手方は本案訴訟は、その実質は、申立人に対する単位の修得の認定(以下「単位認定」という。)をしないことの無効確認ないし取消しを求めるものにほかならないものと解されるところ、単位認定をするか否かは、学校内部の問題として学校の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであつて、司法審査の対象とならないものであるから、本案訴訟は不適法であると主張する。

しかし、本件処分は、申立人を本件学校の第一学年に留め置くものであるから、これにより、申立人は、第二学年において学習することができなくなるとともに、その卒業年次が一年遅れるものであり、また、申立人の親権者らは一年間分の余計な教育費の支出をしなければならなくなるものであつて、明らかに不利益を伴い、右の不利益は、単に学校内部の問題として処理すべき事項とはいい難く、一般市民法秩序と直接に関係を有するものと解すべきであるから、司法審査の対象とはならないとはいえない。

そして、単位認定をするか否かの点も、後記のとおり、一科目でも単位不認定(単位認定をしないこと。以下同じ。)のあることが、そのまま本件処分に直接に結びつくものである以上、これを司法審査の対象とならないといい切ることはできないというべきである。

したがつて、相手方の前記主張は、採用できない。

四  そこで次に、本案について理由がないとみえるときに該当するか否かにつき判断する。

1  本件記録によれば、次の(一)、(二)の各事実が一応認められる。

(一)  文部省が定めた「高等学校学習指導要領」(昭和五三年文部省告示一六三号)によると、高等学校における「単位の修得及び卒業の認定」につき、学校は、生徒が学校の定める指導計画に従つて各教科・科目を履修し、その成果が教科・科目の目標からみて満足できると認められる場合には、その各教科・科目について履修した単位を修得したことの認定(単位認定)をしなければならないと規定している。

そして、東京都教育委員会が定めた東京都公立高等学校の「生徒指導要録の様式及び取扱い」によると、各学年の「評定」を各教科・科目の学習についてそれぞれ5から1までの五段階で表示し、学校が地域や生徒の実態に即して設定した各教科・科目の目標や内容に照らし、その達成が著しく不十分なものを1と評定することとし、そして評定が1のときは、単位認定をしない取扱いとしている。

更に、大山高等学校で定めた「教科書に関する内規」によると、単位認定については、教科会を経て、成績会議で判定し、学校長がこれを行うこととし、右五段階法による評定が1の場合に単位不認定とすることにしている。もつとも、右評定1の科目が二科目以内の者については、補講又は追試その他の適切な処置を講じ、その成果が認められる場合は、年度内に限り追認の形で単位認定をする措置を講ずることができることとしている。そして、以上の結果なお単位不認定の科目のある者については、原級留置処分(従前の学年に留置きとする処分)をすることにしている。

(二)  申立人は、その第一学年において履修すべき数学IのAとBの合計五単位及び英語IのR(リーダー)とG(文法)の合計五単位について、いずれもその評定が1であつたところ、各科目の教科会及び全教員をもつて構成される成績会議でもつて、右評定を確認するとともに、申立人に対しては右二科目ともに追試験を行うことが決定された。しかし、申立人は、右追試験の結果によつても、いずれの科目についてもその成果が認められなかつたので、各科目の教科会を経た後、昭和六一年三月二五日に開催された成績会議でもつて、申立人に対して右二科目について、いずれもその単位認定をしないことに決定した。

2  まず、申立人は、本件処分が違法である理由として、申立人は、大山高等学校における第一学年において履修を必要とする所定学科目の単位をすべて修得している、すなわち単位認定を得ているものであると主張する。

(一)  しかし、前記認定のとおり、申立人は、その第一学年において履修すべき数学Iと英語Iの各五単位について、いずれもその単位認定を得ていないことが認められるのであるから、申立人の右主張は理由がないといわなければならない。なお、本件記録によれば、申立人に対する通知表の右各教科の修得単位の欄には、いずれも各五単位と記載されていて、いかにも右各教科につき単位認定がされているかのごとくみえないではないが、他方同記録によれば、右記載は、申立人のホームルーム担任の教諭において、予め右各数科の単位が修得されるものであることを前提に事前に書き込んでいたものを、その後訂正することを忘れたものであることが一応認められるのであるから、右通知表の記載をもつて、申立人が右各教科につき単位認定を得たことを認めることはできない。

(二)  申立人の主張するところは、申立人の右各科目の実際の成績は、いずれも評定1に相当するようなものでなく、したがつて、右各科目についての単位不認定が違法であるというにあると解する余地もあるので、これについて判断する。

単位不認定は、前記1(一)で認定の事実関係のもとでは、本件処分に直接に結びつくものであるから、それにつき、教育的専門的見地から相手方に相当に幅広い裁量権が与えられているものと解すべきは当然であるにしても、およそ司法審査の対象とならないものとはいえず、その裁量権の行使に濫用又は逸脱があつた場合には違法となるものというべきである。

そこで、更にこの点について検討するに、本件記録によれば、申立人の第一学年の試験の成績及び評定並びに同試験の最高点、最低点及び平均点は、数学IのAが別表(一)、数学IのBが別表(二)、英語IのRが別表(三)、英語IのGが別表(四)のとおりであつたこと、そして右申立人の成績に所定の補正、調整をしたうえ、数学I及び英語Iの学年の各評定をしたところ、これがいずれも1となつたことが一応認められ、右申立人の成績に照らせば、申立人の右各科目の評定が1であり、その単位を不認定としたことに裁量権の濫用ないし逸脱があつたと認めることは困難であり、他にこれを認めるに足りる疎明はない。

(三)  そうすると前記申立人の主張はいずれにせよ理由がない。

3  次に申立人は、相手方は大山高等学校の定時制課程を偏重する余り、申立人を同校の定時制課程に編入させようとしていたところ、申立人がこれを拒否したため、その報復として右各科目の評定を1として、その単位をいずれも不認定としたうえ本件処分をした旨主張する。

しかし、右申立人主張事実に副うかのごとき疎甲第一九号証、第二〇号証の一、第二一号証の各上申書は、これに反する疎乙第一一、第一三号証の各陳述書並びに右(二)で認定した申立人の数学I及び英語Iの成績に照らして直ちに措信できず、他に右事実を認めるに足りる疎明はない。

したがつて、申立人の右主張も理由がない。

4  更に、申立人は、本件処分をするについて適正手続を欠いている旨主張するところ、右主張は、必ずしも明らかではないが、本件処分に当たり、申立人に対し告知、聴聞の機会を与えなかつた旨の主張であると解することができるので、これについて判断するに、本件処分につき、申立人に対し告知、聴聞の機会を与えるべき旨の法規はなく、また、右の機会を与える必要があるものとも解し難いから、右主張は失当である。そして他に本件処分に適正手続を欠いている点を認めるに足りる疎明はない。

したがつて、申立人の右主張も理由がない。

5  そして、他に本件処分が違法であることを認めるに足る疎明はないから、申立人の本件申立ては、行訴法二五条三項後段の「本案につき理由がないとみえるとき」に該当するものというべきである。

五  よつて、その余の点を判断するまでもなく、本件申立ては理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木康之 太田幸夫 塚本伊平)

別表(一)~(四)〈省略〉

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